高良山中には「うまのめぬき」と名付けられる怪鳥が住んでいると傳へられる。今其の正体に就て棋界の権威川口孫次郎が本書の為に贈られたものを掲げて参考に資せよう。
昔から人々の云い傳へには、高良山にはシイと言う鳥がある。夜中に人家附近に来て、好んで柿を食ったり、厩を襲って飼馬の目を食ったりする。それで又馬の目抜きとも名付けられている。だから厩舎の近処に柿の木を植えるのものではないなどゝ云われていた。大正初期の或る初夏の頃、今迄に見たことのない中鳥が生け捕られた。嘴の太く長く尖った、頭の黒い、背の高い、腹の淡褐い、性質の荒っぽい鳥であった。人々の評判では、是こそ有名な馬の目抜きであろう、と噺されていた。
今は亡き阿はるを女史が当時早速に剥製されて後の参考に残しておかれた。其実体を私は大正十年の春始めて見た。其れは確かに珍禽ヤマシャウビンであった。
併しヤマシャウビンはにっちゅうには活動するが、夜間は決して出動しない。魚や昆虫や小爬虫類を捕って食うが、植物性の食物例えば熟柿のような者は決して食わない。人に対しては用心深い鳥だから人家附近をうろつく事は殆ど無い。其れが好んで柿の木に就いたり夜間に厩内の馬の目を抜きに出るものとは考えられない。
其後引き続き今日まで私の注意して調査したところでは、高良山にはムサゝビと云う獣がある地方に依ってはバンドリとかソバヲシキとか、ノブスマとか、モマとか種々の方言がある。それが嘗て、山中で人に捕らえられたのを御宮で救って結句明膳校にお受けしたこともあった。又御井町の狩猟家が垣根の柿の木に来ているのを捕獲して飼養したこともあった。
此の獣は高い樹にも這い登る。其処から次の樹に移るには、其の四肢を張って其の前肢と後肢との間に連絡している膜で身を支えて斜め下へ飛んでいく。此の活動は日中にはやらない、夜間に限る。方言バンドリは即ち晩鳥と言う意味であろう。此の獣は又至って熟柿を好み食う。更に又此の獣は夜間山中で光るものを襲う性質を持っている。日向豊後境の国有林中を夜間旅行する人が巻き煙草を吹かすと突然襲はるゝ事もある。又勁敵を襲う場合に必ず先ず眼球に向って来る。
以上の実験から推して考えると、高良山の馬の目抜きと言うのは、決して珍禽ヤマシャウビンでなくて、晩鳥と異名を持って居るムササビであろう。と安心して云う事が出来る。