江戸屋敷(津福今町)
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※市誌上313
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文久三年ぢゃけ明治になる二年前たい。そん夏から江戸に勤務で定住しとった久留米藩の侍どんが雲
行の悪かけ、引上げろち言う殿様ん命令で、鼓(ツヅミ)野ち言よった原っぱば開墾して住みつかしや
ったけ江戸屋敷ち言うごつなった。以前な江戸勤番の者ば今ん篠山小学校ん北ん長屋造りに居いちゃっ
たけ、そこば江戸屋敷ち言いよったばってんの。
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狐の崇リ火事(津福今町)
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※久留米同郷会誌三、84
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昔、津福に今久ち言う侍が住んどった。鶏ば狐に盗られたけ腹けーち屋敷ん薮(ヤブ)の下にあった
狐ん穴ば埋めっしもうた上、いぶり出した子狐まじ打殺した。そりからいろいろ災のふりかゝって来
て、とうと火事ば出して丸焼けになった。こん火事ゃちようど十日前、親類の加藤三太夫が「火難の災
相が顔に出とるけ、火にゃ用心しとかにゃ」ち今久にやくやく言うとったつばってん、用心どころか本
人な火事なって家の焼けよっとば全然気付かんな、他所ん火事のごつしとった。隣ん村尾の長男、円次
郎が見つけち知らしゅでち門ば打破って中に入ったら、見知らん若け者が二人立っとったげな。今久は
円 次郎に知らされち、ようよ気付いた次第じゃけ、こりゃ狐の崇りでモヤんかかっとったっぢゃ
ろ。又向えん原平太ば、棟に登ぼらせて見させたところ、ほんな目の前ん火事が荘島んにきの焼けよる
ごたる感じで全然熱つなかったち言う。
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狐の怪(津福今町)
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※筑紫野民譚集458
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まーだ十二軒屋が竹藪やら生い繁った林の続いとった昔のこつ。権平ち言うとてん鉄砲打の名人がお
った。嫁御と二人暮しで、冬んなっと一人で山ん小屋さん泊りがけで猟に行きよったが、ある冬、いつ
もんごつ山小屋で夕飯ばすまして打って来た狐てん狸、それ鴨てん、雉ば、ようら片づけよったら嫁御
がひょこっと訪ねち来た。「夕方から何の用か」ち聞いたら鰻頭つくったけ持って来たち言う。権平は
喜うで寒かっつろ、さーあたれ、あたれち言うて麦からばどんどん焚いて、何でんなわして話しかゝっ
たら麦からについとった穂の先んポーンち飛うで嫁御ん尻んとこにあえた。と尻ん方でパクパクち音ん
して、あえた麦穂んのーなった。こりば見た権平は、こりゃ狐か狸の化けたつばいち、思うが早かゝ立
かけとった鉄砲ば取り上げち、嫁御ん尻んとこばズドンち打った。ところがひつくりかやったつぁ古狐
で嫁御は消えちのーなっとったち。また秋の暮れ、高良台の方さん夜明け前から鴨打ち行ってん帰り
路、池んとこにきたら向岸で良か娘が、桶一ぺいった着物ば洗濯しよったが、権平ば見てニコッとした
かち思うたら、前ん方ば拡げちチラチラさするげな。こりや怪(アヤシカ)ばいち思うてさっと鉄砲か
まえち打った所が何の手応もなか。娘はまーだニタニタして、こんだ立上って前ば拡げち見する。名人
の権平は不思議に思うた。俺が腕んニブったはずぁなかが。そうたいち、今度(コンダ)娘ん横にある
桶ばねろうち射ったところが、娘ん姿は消えち大狐が打(ウッ)たわれとった。昔から狐どんが化かす
時ぁ、そん持っとるもんば射てち言われとっとば権平は思い出して引鉄引いたっぢゃった。
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