Culture        流れゆく歳月の中に脈々と息付く文化と伝統


「この地方に女神あり。その名を八女津媛といい、常に山中におる。」 これは日本書紀に記された「八女」の名の起こりです。
四世紀前半頃、景行天皇が八女の地に巡幸された折りに、当時の水沼の県主「猿大海」が奉上したといわれています。
その女神を祀ったという八女津媛神社が矢部村字神ノ窟にあり、創建は養老三年三月(西暦719年)とされています。



     
八女津媛神社
     大和朝廷の時代、景行天皇が八女の地に巡幸の
     折り、水沼の県主猿大海が「この地方に女神あり。
     その名を八女津媛といい、常に山中におる。」と
     奉上したことから八女の地名が起こったといわれ、
     その女神を祀った神社が矢部村の神ノ窟地区に
     あります。 5年に一度、県指定無形民族文化財の
     「八女津媛神社浮立」が公開されます。
     
     大杣公園
    
約600年前の南北朝時代、後村上天皇の皇子
     良成親王が九州に下向されましたが、南朝再興
     の夢かなわず矢部村で生涯を終えられました。
     その御陵基が大杣公園にあり、シャクナゲ、
     つつじの名所となっています。毎年、親王の命日
     には「大杣公園祭」が開催されます。

     大杣公園祭(10月8日)
     約600年前から続いている由緒ある祭りです。
     南北朝時代、この地で亡くなられた後征西将軍
     良成親王の御霊を慰めるために、御陵墓の前で
     公家唄や安浦の舞が奉納されます。
     浮   立
     神社の境内で、五穀豊穣・無病息災などを祈願
     して5年毎に公開される「浮立」。
     太鼓、鉦をつけた踊り手が真法師を中心に華やか
     に舞います。福岡県指定の無形民族文化財です。