其頃年中行事の一つとして仁王會が行われて居た。元来此の大會は御井寺第十二世叡竿が天暦五年（西暦951年）初めた（御井寺記録）と云われているが、中世は廃絶し徳川時代に至って復旧したらしく、其のときは賽者は山中に雑踏し御井町には色々な興行物や露天などで非常な賑を呈して居た。其の式會の概況に就いて観音寺（浮羽郡水縄村にある天台宗、和銅二年（紀元709年）の開基と云われる名刹）の住職恵旭法印が寛政後年に物した「高良詣」の一節を採録する。

（前略）追分過て吉見嶽、岩井の城跡通りては、濡れせぬ山や琴引きの、宮の麓に着きにけり、鳥居の額は玉垂宮、前日光の門跡、准后親王の筆とかや、其れより見渡す放生池、御手洗橋を渡りては、地主権現は高牟礼と、右には本地蔵堂、直ちに登れば檜坂、拾余の梵刹甍を並べ、□□足の木の鳥居、伍宇の額は其のむかし、参議佐理卿の御筆なり、百五十余の石段を、登れば爰ぞ御神殿、赤の玉垣四方を廻り唐木の水門内に入り、金の垂木直ぐして、檜皮の色も滑らかに、錦の御簾捲き上げて、三百十六歳の御神頴影、在わす如歴然たり（中略）頓て山主の御出仕と、呼る折柄先撥ひ、下へ下への声の内、早一宗の一寺方、二十余人の僧都の出仕、色々の法服に、錦の衲衣数揃え、鼻高草履鮮に、供奉の白張百余人、列を乱さず登り来る、次には青子大童子、布衣髄人は輿に添ひ、時の当座主権僧正、濃茶の法服に赤地の錦の七条、金の柄香呂玉の輿、道中楽は五常楽、三笛の声も殊勝なり、時の目代後そなへ、此時にしも拝殿は、三鼓三笛の楽を弾べ、職掌の神楽男は調拍子を合て幣殿隋侯す、大祝大宮司は、幣帛を大床に捧げ、五拾五膳の備えもの、善美を尽して奉る、此日の講師は山門の、厳王院の大僧都、護国の法則終わりては、十二の問者次第とり、仁王般若の論議の声、諸人の耳を驚かす、座主の證議に事畢り、次には当座主導師にて、仁王読誦の法音は山中に響き、誠に百部鬼神は守護をなし、十六善神擁護にて、七難即滅は千里の外、七禍即生国にみつ、国家鎮護の経王は、此御経に如くはなし（下略）