独つ火
四三、独つ火

高良山には昔から市の鬼火が出て「多さは鞠のようで、山頂の樹間に在るかと見れば遠方へ飛んでゆく、何時の頃からあるかわからない」(筑後志)と云うような事が多く書かれて居る。

「筑後新聞」に大正六年に連載された「筑後物語」中「高良山の独り火、俗に一つ火」野題下に

 有名なもので今は絶えているが昔は段々見たという人が在る、又現在でも見たと云う人もある。此の独り火即ち一つの火は東西南北各方面より見るに異なり、其の状態もまた異なっているという話で現在の者で北面から見た人の話、高良山の別峯たる鷲の尾峯から現れたが、現れたと思へば急速に樹間を経て奥の院附近の毘沙門谷の上に至って消滅した。其速やかなる事は驚く程である。此の独り火は久留米志等にも記され、人口にも膾炙されて名高い怪火であると、其の正体に就いて「北築雑藁」には「金の気があれば夜火を放つ」「牛馬の血が凝って燐光を出す」等と云い、「筑後志」には「此山(高良山)は固より昔数々の決戦の地であれば人馬の死血土中に入って燐火となる事があるかも知れぬ」と云っている。

かかる怪異が現今実際あるものか否か、疑わざるを得ないが、只傳へられるゝまゝを記す事とする。

高良川      杉山正仲

風わたる川瀬の波の立ちさわぎ 夕涼しき山の下みづ

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