SNK >> デジタルアーカイブ >> 初手物語


    おトシ(俊)
   
  お祖父っつぁんな。初め今田(丹波屋)からおトシさんば呼びなさった。今田はごきりょう 筋で、おトシさんな、なかなか、美しかお方じゃったげな。手もそうに利いとんなさったげな。 お祖父っつぁんの陣羽織てん、火事装束てん、ありゃみんなおトシさんの縫いなさったげなが、 金糸銀糸の縫取りてん刺繍てんも立派な手ぎわじやったもん。

  やかましやのおハエさんち云うお姑さんに仕えて、相当に苦労しなさって、おまけにこりも 気むつかし屋じゃった出戻り姉さんの小姑は居んなさったし、姑さんのおかくれて、ようよう 一息しなさっつろが、五、六年目にゃご自分がおかくれて仕舞うて、明冶四年、三十五才じゃったげな。

  いっかご姉妹の稲益(布屋)においっとるお方んお墓参りにお入って、お石塔の前で、「ほ んにおトシさんちゃ、幸の少ねえお方じゃった」ち話しなさったち、お供して行っとった、か ねばばやいが云よった。

  お祖父っつぁんのご一新のとき藩から家中厄介も出陣命令の出て、奥州征伐ち云うて上(のぼ) んなさった時、まあだお父っつぁんな小まかったげな。四ッか五ッで……。そのお父っつぁんば 抱いて、おトシさんの、「行っておいりまっせ」ち、きちんと送り出しなさったつば長右衛門 (ちょうよむ)が見たげな。ほんにあげん取り乱したとこもなし、きちんとしとんなさったが、 心ん中じゃどげんあんなさっつろにち後から話しょった。


前のお話へ  戻る      次へ  次のお話へ