弥生時代は人が死ぬと甕(かめ)棺(かん)に埋蔵していたのですが、古墳時代になると前方後円墳や円墳・方墳(四角形の古墳)といった古墳がさかんにつくられるようになりました。大きな古墳には権力の強い者が、小さな古墳にはそれなりの力の者が埋葬(死体をほうむる)されたと考えてよいでしょう。
それらの人を葬る施設としては、石棺・木棺・竪穴式石室・横穴式石室といったものがあります。
朝倉町には菱野に甘木・朝倉地方では最も大きい前方後円墳の剣塚古墳があり、宮野にはこれとならぶ宮地獄頂上の前方後円墳があります。いずれもまわりから円筒埴輪━勢力のあることを表す━が出土しており、六世紀頃(五百年代)のこの地方で最大の勢力をもっていた豪族の墓であることはまちがいないでしょう。
|