註 漢文は書き下し文・漢字は当用漢字・仮名使いは現在に変更しています



                               藤本雲外
 天地鴻濛の日、 維れ神此に奇を聚む
 山川秀色を争い 巌壑雄姿を競う,
 境邃くして塵寰隔つ 地は霊に迹遺る
 樵蘇また嘆惜 絶勝人の知る少なり

 神渓四十八奇巌 峡中に並立して看て凡ならず
 雲際の洞門鬼鑿を経 天辺の剣戟神さんを訝る
 崖を放つの飛瀑雷霆激、道を挟むの喬杉煙霞銜む
 景を攬って盤恒人未だ返さず 暮嵐雨の如く吟袗に灑ぐ
    
                              中川黄山
 潭流洗い快巌欹つ 渓上行くゝ看る山水の奇なるを
 維れ昔王孫遊賞の処 鶴声松声新詩に入る

                              宮崎来城
 巌花澗水両がら悠々 花自(香奄)(香奄)水自ら流る
 撫し罷んで焦桐松下の石、猿声啼き徹す暮山の秋

 半ば煙霧を埋め半ば雲を埋む 僻地の峯巒結んで群を作す
 只覚ゆ此の時衣袂湿う 四山空翆落て紛々

  次    韻                     加納雨蓬
 将軍の遺跡悠々に付す 憑弔人無く歳月流る
 独立揮い易し懐古の涙 巌花奄再日渓の秋

  日向神二律の一
 神渓古を訪うて崚(山曽)を渡る 歴々たる南朝事徴すべし
 地脈豊に連って金気合し 巌層筑に入って鉄華凝る
 茅茨素樸じん臣の宅 松柏鬱蒼皇子の陵
 無限当年蟄竜の恨み 西陲複た飛騰を策し難し

(原文漢文)

 日向神山に遊ぶ (八首)             細見盤谷
 大渕東に去れば即神仙 迢逓流れに沿うて路幾彎、
 歩して幽谿に入れば霊勝闢け 転じて嵩嶺に登って仙関を扣く
 蒼崖皆石皴面多く 秋樹峯の(赤頁)顔ならざるは無し
 途に帰樵に遇うて小酌を謀る 紅れん(風占)いて古松の間に在り

 笑って肩瓢を把って澗辺に俯す 清流一道潺湲響き
 激湍石を衝いて分れて還た合い 伏水巌に潜んで断また連
 怪松岸に垂れて龍蛇躍り 危桟渓に横って虹霓懸る
 峭崖路を挟んで昼猶暗く 疑う是れ身は遊ぶ洞裏の天

 造化何れの年か大鑢を開く 鋳成す十里秀霊の区
 千峰矗矗雲を排して立ち 一水かくかく地を劈いて趨る
 世外那ぞ石髄を餐うことをもちいんや 人間また自ら蓬壺有り
 山霊まさに笑うべし頼翁の誕 漫に道う耶溪天下無しと

 淵尽て湍湍尽きて淵 奇巌万状人前に列す
 淙潺岸を洗って苔露を含み 蟠屈崖に懸って松煙を掃う
 獅子頭を挙げて瞋って吼えんと欲す (げんだ)甲を曝して臥して眠るが如し
 若し米老をして茲の地に遊ばしめば 三拝抃呼まさに喜び顛すべし
                         (渓中獅子・駒岩、亀岩有り)

 巉巌と突兀空を摩せんと欲す 鬼斧刻み成って気勢雄なり
 樹は天門に接して鳥道を遮り 峰は鼇背に連って雲中に立つ
 林楓霜は染んて丹嶂に列し 澗水煙は騰がって彩虹を生ず
 杖を駐めて身は疑う僊境に入るを 飄然羽化長風に駕す

 松風楓巌霊麗妍を競う 霓裳我を迎えて群仙有り
 藤蔓を援き将って丹嶂を攀ぢ 仰ぎて洞門より碧天を窺う
 雲錦裁して前澗の樹を成す 銀河瀉いで下高フ泉なる
 驚き見る贔贔巨霊の筆 絵き出す群山我前に現るるを

 攀ぢ上る神山第一巓 千盤磴道屡危顛
 樹は暗く陰崕奇鳥叫び 苔腥く古洞蟄龍眠る
 巌は鼻端を圧して坐井を疑い 雲は脚下に騰って天に昇るを訝る
 峯頭独立衣を振って嘯けば 万比壑蒼蒼暮煙起こる

 八女の風光夢久しく牽く 清遊況や又詩仙を伴う
 白雲紅樹吟杖を迎え 緑水青山画箋に入る
 泉石宿縁今始めて了す 煙霞の痼疾已に全く痊ゆ
 勝○を将って天下に伝えんと欲す 誰か


                       
(原文漢文)

  日向神雑詠三首                 若林竹江
庚申十一月林田石山、梅野香処同と、日向神山に遊ぶ。山は筑後の国旧上妻郡大渕、 北矢部ニ村の間に在り、南北于界川に跨る、巌泉雄潔、人皆以って九州第一の勝地と為す 石梁樺嶋先生久留米市誌其の概を記して曰く、大淵を出て澗に至る、すなわち界川の上流なり、 澗側一磐水を貯う、御盥山と曰う泉水微温、湯湍と曰う、月足橋を渡る、林中甍を見る、 日向神祠なり、松瀬を過ぎ而して水潮井川と曰う、橋を渡れば南一大巌を得たり、周ろ里余、 嶬峨天を刺す、黒ーと曰う、江潮橋を渡り松背嵒、楯嵒有り、出来淵橋有り、淵曳の諸嵒有り、 皆奇恠壮大、人の眼目を奪う、淵曳橋より、数百歩、断崖の下に茶舘場有り、 其の水底磐石布の如し、乙宮嵒と曰う、双奇嵒有り、上を陽断と曰い、下を陰徳と曰う、 また破風嵒、矢櫃嵒、弓掛嵒有り、泊橋を渡れば、鎧嵒有り、嵒下方数丈、平豁席を列するが如し、 千床嵒と曰う、頂に清水盛る、虎嵒と曰う、夏月雨(しろう)、瀑水天に落ちて、 白滝と曰う又天戸嵒有り、砂原橋を渡れば、絶壁削るが如し、阿迦嵒と曰う、 尾を曳くが如き亀尾嵒と曰う、蟹橋を渡れば恠嵒片々相畳枕嵒と曰う、還た蝙蝠谷を過ぐ、 丸の如き鞠嵒と曰う、直立神削、上に空竅有り、天雲を見る、蹴破嵒と曰う、其の次一壁、 平直数十百丈、正面嵒と曰う、更に二双嵒に上り前の諸奇を回望すれば、相属して下に在り、 悉く于一瞬中に入る、案ずるに上妻、和読加宇豆満、和名鈔読して加牟豆満と為す、
日本紀上陽唐ノ作る、明治初年、官上下二郡を合し、改めて八女郡を置く、爾後道路橋梁を 新設し、以って行通を便にす、故に久留米市誌記する所の方位橋名等と稍や小異有り。

(原文漢文)

 .蹴破嵒
武陵探り尽して又蓬莱 一水一山眼を追うて來る
是れ登仙我を迎うるの我路無んや 危嵒半洞雲を蹴って開く

 日向紳
煙霞旧癖を生じ 老を忘れて(山?)(山旬)を度る
雲は走って群峯乱れ 瀑は飛んで奇石瞋る
阿蘇猶席を譲り 、耶馬恐くは臣と(禾爾)せんと
唯恨む箇中ノ景 未だ矢下の人に逢わざると

 庚申十一月若林竹江・梅野香庫と日向神山に遊ぶ
瓢然友を携えて城東を出ず 深く入る紳山露谷の中、
飛爆珠を砕けて地軸を揺かす 奇巖月を穿って天空に聳ゆ
松は晩節を全して霜雪に遨り 楓は舟心を表して凌雨風を凌ぐ
詩酒悠悠須らく道を楽しむべし 人間の富貴'雲と同じ、

(原文漢文)


 林石山、若竹江雨詩宗に同じ日向神に遊ぶ   梅野香処
吟杖秋を尋ねて暁晴に乗ず 丹嵬翠嶂送り還た迎う
山村十里観て尽くる無し 人は放翁誌裡に在って行く 


(原文漢文)

  八女紀行のうちに                 三谷有信
川つたい 去年の紅葉を 枝折にて
  今年も分くる やめの山道

風と散る 山のもみじの 梢より
  時雨のかけし 白糸の滝

菊もみじ 送り迎えて 八女の山
 立ちとまる宿の 多き今日かな


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