SNK >> デジタルアーカイブ >> 初手物語
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清水の湧き水 | ||
清水の湧き水ん一番水上(みなかみ)は、今のうちの西側が初手はずうっと藪で、その藪の 東南のにきに大っか榎のあって、その根本から水のどんどん湧いて出よった処じゃった。 大正の始め頃までは、その藪と道の間に人の背のとばんごつ深かか幅一間もある溝んあっ て、そりさんその湧水は流れて行って、薬師さんの前のにきから溝幅の広う堀のごつなって、 藪に沿うて北の方さん突き当っとった。そこから東の藪の中さん袋のごつ入り込んどって、 広さは二十坪もあっつろか、内樋江(うちひご)ち云うて、そこからが水の一番よう湧きよっ た。袋のちようど入口に当るとこには〆繩張って、水神さんば祀ってあった。別に祠はなか ったこたる。 突き当った堀は道の下くぐって西さん曲って幅三間余り長さ二十間もある位広うなって、 樋江川(ひごんかわ)てん馬入川てん言よったたい。その先の方は狭うなって、道に沿うて曲 って、馬場ん田の方さん流れとったたい。 馬入川の広かとこん西北隅からも、水の道の下くぐつて小まか滝のごつなって、ドンドン 三尺余りも落ちょったけんじゃろ、そこば"ドンドン落し"ち云よった。馬入川の北は幅二間 余りの広か道でその北側は一段高うなって広うか藪じゃつたばってん、東南のすみの方は開 らけて最初の村ん小学校のあったたい。 ドンドン落しのすぐ北の藪の根に、大っか椋の木じゃっつろあって、その根本からも水の 湧きよった。ドンドン落しの先は南側は道で北側が藪で、その間ば水が三尺幅ぐらいで西さ ん流れて、西村の中ば南北に通っとる道の下くぐって、坂本さんと八幡さんの境さん流れよ った。ドンドン落しの少し下の方に川の中に桶側ばちょいと川下さん傾けていけてあったた い。その近所ん家は井戸無しで、その桶側が井戸がわりじゃった。どげん雨の降ってん、川 の水ん濁ってん桶側ばちょいと下の方さん傾けてあるもんじゃけん、桶側の高か方に濁水は 遮られて、中の水は、いっちょん濁りゃおらじやった。その桶側の中からも水の湧きよった けん。 その川の北側の藪のなかからも清水のどんどん湧いて、中ほどがちっと広うなって、そり から小まか川の二手に分かれて、道の下くぐってまた坂本さんの境内さん流れ込んどりよっ た。その流れ込んだ川と、ドンドン落しん川の先とが一緒になって、坂本さんの境内の西の 方に、広(ひい)ろ泉水のごつなっとったたい。深さは足首ばっかりで、底は小まか砂利てん 砂てんで、水は冷めたし、ほんに美しかとこじゃった。坂本さんの境内の北の方には古うる か大っか樹てん、大っか楓、桜んごたるもんの茂って、北の境は幅ん三尺ばっかりの深か溝 になって、その溝にも道の東側から道ばくぐって、清水の流れて来よった。 坂本さんのお堂は境内の東北の隅にあって、西側に絵馬堂のあった。お堂のすぐ後は境の 深か溝じゃった。お堂のご本体は石じゃったたい。ドンドン落しの川の先の南側には、そう に古うるか幹でん何でん剥げたこたる檜てん何てんの何本か生えて、その下に八幡さんの小 まかお堂のあったもん。広か泉水から小川の北の方さんと、西の方さん流れて行きよった。 北境の溝は北さん流れとる川さん流れて行きよった。道の下くぐって流れ込んだ三本の川の 間は、中島んごつなって八幡さんの方から坂本さんの方に橋どんが、中島づたいに掛かっと った。中島には涼みどこどん作ってあったけん、みんな夏だん涼みにどん行きよった。 坂本さんな水に縁のあるお神じゃったらしうして、雨ん降らん時にゃ高良内辺からも、あ っちのお宮の御神体ばかついで来て、坂本さんのご神前の清水の中につけて「あーめたもれ、 たーもれよ、天竜王のみーこーと」ち云うて、ドンドンドンち太鼓ばめった叩きしよった。 坂本さんな国分の西村組のお神じゃった。 ドンドン落し川の北側の藪め西南の隅は、藪の開けとってそこの川と道へだてた南側の店 (みせ)ち云よった地主どんの物干場になっとった。その北側の道に沿うたとこに酒のある煮 売屋のあった。健ちゃん達のおっ母さんな通外町の木下から来てござったが、早よ後家さん になって、そげな店どん出してござったたい。店の裏の川の上に蠅入らず戸棚どん置いて、 ちょいとしたお煮〆てん、お魚の煮たつどんが入れてありよった。水の冷めたかもんじゃけ ん、どげな夏でん煮こごりどんがついとりよった。今の冷蔵庫んごたるもんたい。そっで、 うちへんに急なお客さんのあって、上ぐるもんのちょいと無かごたる時にゃ、そこに走らす っとそげんとのありよったけん、買うて来て上ぐっと煮こごりてん夏は珍らしうしてお客さ んの喜びよんなさった。 その店の少し北の方から東さんちょっと人ると、左手に村倉のありよった。村の備荒貯蓄 の米倉たい。そこの先の方の藪のなかに、わら葺屋根の竹内ち云う家のあった。そこのお露 路(ろうじ)に深かか泉火のあって、樹どんがこう差しかかって、鯉どんが泳いどったりして ほんに良かとこじゃった。竹内さんな後、北海道さん行かっしゃったちゅうこつじゃった。 健ちゃん方の裏ん川ば上って行くと、藪のながから冷めたか美しか水のどんどん出て来よ ったけん、夏時分なよう遊び行きよったたい。藪の根方んとこどんこうあせると、どこから でん水の湧いて来よった。いつか友だち三、四人連れで遊び行ったりゃ藪の根の水の出ると こに西瓜ば漬けてあった。浸けてあっとは見たばってん、別にどうち思いもせず、その辺で どんどん魚取りどんして遊うだたい。外にも何人でん子供どんが来て遊びよった。 あたしどんな早よ引上げて帰って来とったりゃ、その浸けてあった西瓜の失(の)うなっと って、誰かがあたしどんが取ったち云うたてろで、その西瓜の持主が、うち掛け合い来たた い。そりけん、「そげなこつしたろ」ちうちから聞きなさるけん、「西瓜のあったつは見たば ってん、盗ったりどうしたりそげなこつはせん」ち云うてあたしゃ腹かいて泣いたたい。お 祖父っつあんも「こりや、そげなこつはせん」ち云うてやんなさった。 |