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    ご殿づとめ
   
  殿様のご殿の話や大方は、山本のばばさんてん、うちのおっ母さんからきいた又ぎきたい。 岡野の伯母さんの直接のお話もあるばってん。

  岡野のおばさんの、御殿に上んなさったっは十四の時てろじゃったげな。初めお子様付ち うこつで眉払うて、カネつけて、出るごっちうお達しじゃったげなけん、そげんして上がん なさったげな。のちにゃ殿様付で中老までなんなさったげな。もとの名は、なんちじゃった か忘れたばってん、ご殿に上って殿様から、婦貴ちゅう名ば頂きなさったげなけん、そりか らが、お婦貴さんちなんなさったったい。

山本のばばさんの、「ほーんにお婦貴さんの、ご殿に出とる時や大ごっじゃった」ち仰しゃ りよった。殿様(頼咸公)が、そげなこつにようお気のつきなさるお方じゃったらしうして、 婦貴は金持の子にしては、着物の裏地が悪いね、てん色の悪かてん、お引裾の引き方の短か かてん仰しゃるげなもん。

その度にゃ、お婦貴さんからお手紙の来るげなもん。着物んの裏地ば変ゆるやら、お婦貴さ んな、ほーんにお背ん高かお方じゃったけん、反物んの尺の足らんでお引裾の短かかもんじゃ けん、帯のとこで切って、帯の下になるとこば、ほかの布で切り替えて裾ば長う引くごつし たりで、大事じゃったげな。

  そげな風な殿様じゃったばってん、いつか山本から一万両献金しなさった時んこつだんや っぱ殿様も覚えておいでになったらしゅうして、「お婦貴のおやぢのおかげで、お国入りが出 来た」ち仰しゃったこつのあったそうな。

  ほーんに殿様のお行列の、途中までおいでになっとっとに、御用金の、のうなりよる、も ーさあ一万両上げろ、ちうこつげなもんじゃけん、親族寄って、上げたもんか、お断りした もんかち評議のあったげな。

どこてろは献金おことわりしたりゃ、何彼につけて都合の悪うして、とうとう倒れた例もあ るけん、とにかく上げじゃこてち云うこつで、上ぐるこつにゃなったげなばってん、いくら お金持でん、一万両のお金がお蔵にごろごろ遊うぢゃおらんもんじゃけん、貸金取立てん、 お金集めに大ごつじゃったげな。

一万両集まって馬の背につけて、送り出しなさったげな。その馬の行列ば町の者達が「一万 両拝み」ち云うてみんな見げ来たげなたい。そのときのしるしにち云うて、山本はお小袖ば 拝領しなさったげな。

そりばいつか虫干の時、山本に行き合わせたりゃ、ばばさんの「ほーらお前たち、よう見ら し、こりが一万両のお代りばい」ち仰しゃって見せて頂いたこつのあった。「ほー」ち思て 見たたい。なんせあたしが娘の時のこつじゃけん、ようは憶えとらんばってん生平(きびら) のお小袖んごたった。


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