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    赤 痢
   
  あたしが七ッの時の秋赤痢に罹った。表の高皇宮で宮相撲のあったたい。源ちゃんの親方(兄) が、「しがらみ」ち云う相撲取りなっとったつが、引退相撲ちしたったい。そんとき弥吉が、赤 痢患うたあと、まあだ青か顔して見げ来とったつに、あたしが横ぞに坐ったげな。そして青蜜柑 ばあたしやったげな。そりばあたしが食べてしもたげな。そっで赤痢になんなさったち、おもと ん云よった。外に赤痢んもんのうちにも行かじゃったし、そげん悪るか物も食べちゃ居らんけん。

  其頃迄は今んごつしゃっち避病院に行かんでん、消毒てん何てん、きちんとして外にうつらん ごつするなら、家に休すんどってよかったたい。その代り、お医者さんも、巡査さんも廻って見 げござるもん、表のお座敷に休ませられとった。

病気の治りがては、ほーんに渇(かわき)の来るもん、お部屋はずーっと離れとっとに、お茶の 間ん方からこっちのお茶出しゃ薬罐じゃったけん、その手の音のカチャンカチャン云うとのよう 聞こゆるもん、あげん音んせんとよかばってんち云よった。

庭の向うの方に蜜柑の生ぃとっとも見ゆるもん、ありが黄のなる時ゃ病気んようなるけん、そし たなら食べてよかたいち云われよった。

  織屋ん方も織子達うつっどんしちゃならんけんち、いっ時休業しとったたい。そりばってん、 藪に、イッチの実ん熟れて、落つるごつなったもんじゃけん、近所ん子供どんが、門の内さんは いって来て、あたしん休すうどるお座敷の壁のすぐ向こうば、ばたばた走って藪さんイッチ拾い 行くもん。

あたしん休すどるとこからは、ずーと遠か織屋まで休ませとっとに、病人の枕許ば走って行くち 笑よった。通っちゃいかんち云うたっちゃ門の開いとるけん入って来るもん。

  その年ゃ、ほーんにイッチのよう生ったげな。大っかイッチの木の藪ん中に何本でんあるもん じゃけん、拾うた者な、ごーほなしこ拾うてかまぎ一俵も売った者のおったげな。昔ゃイッチも シイのごつ煎って売りょったごたる。みんな食べよった。


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