SNK >> デジタルアーカイブ >> 初手物語


    銭の子
   
  あたしや自分の箪笥の引出しに二銭銅貨入れとったりゃ、一銭ふえて、三銭は入っとった。 そっじゃけん、お金が子生んだばいち、勘左さんの婆さんに話したけん、婆さんな、へーんち 云うて、聞かっしゃったばってん、おかしかっつろたい、箪笥の引出しに入れとっとに、いつ の間じゃりふえとるもんじゃけん、あたしゃ子生んどるち思うとったたい。

  自分で物は買うおごつしてこたえんばってん、家から何でん買うて貰うもんじゃけん、ほん に自分で買おうごたった。そっで、子生んだ、一銭の子ぜにで、鉛筆、石筆じゃったかも知れ ん。勘左さん方から買うたばってん、どうしてん叱らりうごたるもんじゃけん、また返し行っ たたい。勘左さん方は材木屋の外に、小学生相手にそげな文具どん出してありょった。学校の 東側じゃったけん。

  小まか時きゃ乳母の付いとったばってん、少し大きうなってからは、乳母も、あたしの守も するばってん、忙がしか時ゃ家の方のこつもするごつなって、目の届かんけんそげなこつばっ かりしょったたい。あたしん今はこげな婆さんになっとるばってん、やっぱ初めは小まか子供 じゃったけんの……。

  あたしが高等小学校の二年生の時じゃった。織屋の者に給料払うとに、小銭の要るばってん、 なかなか小銭の寄らんけん、お父っつぁんの学校に授業料の頃小銭ば頼うどんなさったふうで、 学校から帰ろでちしよったりゃ、先生の「真藤さんな、こりば持って行かにゃんばい」ち云う て小銭ば、よかしこ包うだつば持たせなさった。

一銭てん二銭てん銅貨で二十円じゃったけん、よかしこ重さのあったたい。翌日は、また十円 持たせなさったけん、包みの小風呂敷ば提げよかごつ、わさ(輪)作って持って帰りょった。 足形堤んにき来たりゃ、本の包みんゆるうで本の落ちゅごたるもんじゃけん、お金の包みば下 に置いて、本の包みば包み直して、そんなりさっさと帰って来よって、水車んとこまで来て、 お金ん包みば持って来よらんこつに気のついたけん、どんどん走って取りに引返しょったりゃ、 途中の畑で源ちゃんが鍬打ちしょったが、「どうしなさったの、そげん走って」ち云うけん、 足形堤んとこにお金置き忘れたけん、取り行きょっとこ、ち云うたりゃ、「そーりゃ、早よ 取って来なさい」ち云うもん。

お金置いたとこに行ったりゃ、有りもなーにんせんもん。向うん方にさっからから、野中の福 田先生ん方の子守あんちゃんどんが、ずばな(茅花)取ったりして遊びょったけん、「知らん の」ち尋ねたばってん知らんち云うもん。「そりばってん、さっから行きござった人ん、そこ んにき、しゃがみござったごたる」ち云うもん。

そげん云ゃ取り帰りょる途中で、ほう(頬)包みどんして、ねっ袖どん着て腕ぶつくらした男 に逢うたたいち思うたたい。どげん探してん無かもんじゃけん、帰りょったりゃ、源ちゃんが 「有りましたの」ち聞くもん「無かったー」ち云うて、「子守どんが、さっからんとがしゃが みょったち云うもん」ち云うたりゃ、「へーン、そんならやっぱ、あっでございますばい、こ のぬくさに、腕ふっくらどんしとった、大方ありゃ、高良内へんから焚物ン売り行きょっとど んじゃろ」ち云よった。

  やっぱお金落して妙な顔しとったじゃろ、うち帰って、お祖父っつぁんに何ち申しゃぎゆう かち思よった。そりから与平の迎い、来よるもん。早よお帰らんと、うちじゃ今田においろで ち待っとんなさいますばいち云うて連んのうて帰った。

  いつでんお祖父っつぁんなお茶の間に坐っとんなさるけん居んなさるじゃろかち、じーっと 覗いたりゃ居んなさらんもん。良かさいわいで奥さん行ったりゃ、おっ母さんとばばさんの話 しょんなさるもん、そこさん行って「お金落したー」ち云うて泣きょったりゃ、そこにお祖 父っつぁんの出ておいったけん、おっ母さん方の「お金落しましたげな」ち仰しゃったばって ん、お祖父っつぁんなだまーって、いっちょん叱らず、お茶の間の自分のとこさん坐って仕舞 いなさった。

そけ、おもとの這入って来た、「しゃまん妙な顔つさして帰りよんなさった。どげんかあんな さっとかん知れんばいち誰かが云うたけん」ち云うて。そりからちょうど長崎から安兵衛とそ の嫁ごん来とったりゃ、そり達の「そーりや、こげん小(ち)んかお方にそげな大金ば持たせ なさんなら、誰か迎いやんなさらじゃこて。旦那ん様が悪るか」ちめった云いするもん。とう とうお祖父っつぁんからは、一言も叱られじゃったたい。あたしゃ今田におっ母さんとそんな り行って仕舞うた。

  その翌日、その失うなった代りの札ば持って行ったりゃ先生達の「あんたお金落したげなの、 大方ずばなどん取りょったじゃろ」ち叱んなさった。遊びよった子守が福田先生ん方んとじゃっ たけん、すぐ学校に知れたったい。そん時の十円ちゃ大金じゃったげな。包みの模様てん書い て落した届けば出しょんなさったばってん。

何の出て来(く)うの。村じゃ、あーりゃ拾うた奴あ一商売 (ひとしようべ)ん元手ん出け つろち、めった評判しよったげな、ほんにその時分なまーだお金ん値打ちんそげんあったじゃろの。


前のお話へ  戻る      次へ  次のお話へ