SNK >> デジタルアーカイブ >> 初手物語
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銅山事業 | ||
お父っちゃまは相変らずの様子じゃったが、自分がまた、もとんごつ、家ば盛り返してみする ち云うごたる気持のあって、こつこつどん働らこうちゃ思うちゃ居んなさらじゃったけん、何 時かそげな方面のこつする人達が取り巻きになったごたる風で銅山始むるち云い出しなさった。 とてもそげなこつしちゃなお悪うなるばかりち、こっちの親類うちから反対が出るし、お父っ ちゃまの生活が、かねてがかねてじゃけん、見込みゃなかけん、もう出したがよかち云う意見 まで出とったたい。別るるち云うたっちゃもう恒も居るし次も生まるるしそげなわけにもいか んし、あたしんほんに其頃は心配したたい。ばってんどうでん銅山始むるち云いなさるもん。 元有馬藩時代の殿様の銅山じゃったげな、星野村の古塚ち云うとこ辺が鉱区げな、そこなら旧 藩のころ岡野の健之丞伯父っつぁんの、藩のその方面の係りじゃったてろで、其頃出た素銅の 雑誌ぐらいの大きさの板の岡野にあったりしたが、伯父っつぁんな、「あすこは量はそげん多 うなかばってん、質はよかけん、地道に掘るなら採算なとるるじゃろばってん…」ち云よんな さった。資金がうちだけじゃ足らんけん、親類うちからも出資して貰うごつ頼うだたい。 三番目の佐々の伯父っつあんな、かねて、自分の云いなさるごつ、真白面にゃ働かんし、骨董 売ったつで残っとる負債も払うてしまえち云うとに払いわせんで、次々に売ったお金はお酒て ん、どこさんどん使よるじゃりわからんごつ使うてしもて。どうでん資金出してくれち云うな ら、お前ゃ信用されんけん、お前の身内の者ば証人に立てたならよかたいちじゃったたい。そっ で保証人も立てて、とうとう銅山初めなさったたい。 初めんうちゃ、ほんにどげなこつにどんなって行くもんじゃりち思よった。仕事はどうやら採 算な合うふうじゃあったが。大正三年には、第一次世界大戦の姶まって、銅はどんどん騰るし、 仕事はよかばっかりで都合よういくし、景気のよか話しゃ聞かさるるで、この分なら、初手ん ごつまでは持ち直れんにしても、何とか成って行けそうじゃったけん、始は心配しょったばっ てん、あたしどんも、ようよう安心の出けて気持ちようししとったたい。 都合よう行きゃ、お父っちゃまはすぐ、その上左衛門ば始めなさる性分らしうして、取り巻き 連中もどんどんおだつるし、仕事ば大きうなし始むるもんじゃけん、話しのどんど大きうなっ て仕舞うもん。とうとう三菱に話持って行って、八女のあの一帯の金と、銅の鉱区ば一纏めに して買い取って、大っか組織に鉱山会杜作るてろち云うごたる話の、一応纏って、三菱からそ の話合いなり現地調査なりに、技師さんの下って見ゆるごつなったげな。 そっでお父っちゃまは、いつもの悪るか癖でもう話の出け上ったもんのごつ思うて、お目出度 うなって仕舞うて、星野あたりの村の顔役てん何てん何人でん引連れて、毎日どこ辺かば飲う で廻りょんなさったげなたい。そげん大事な話しんありょっとに、居どころも知れんごつしてくさい……。 こりゃやっば自分でも悪るかったち後では思いなさったふうで、死んなさる前頃、大事な仕事 しょっとに、居どころもわからんごつ飲うでさるいたつが一番しくじりの元じゃったたいち云 いなさったこつんあったたい。 ところが東京の岡野ん碩おっつあんの色々な仕事しよんなさったふうで、その頃はそげな鉱山 てん何てんのこつしょんなさったけん、三菱にやらんで、親類中で株式会社作ろうち云い出し て、親類中ば説き伏せなさったもんじゃけん、出資しとる親類や三菱の話じゃただ自分達の出 してやっとるお金に、何分のつけ足しの来て戻ってくる丈け、株式会社にすりゃ景気のよか銅 山で儲けは沢山あがるけん、そりがよかろ。 が、泰さんが居らんけんとにかく泰さんに一応承諾させにゃんけんち、お父っちゃまば探し廻 るばってん何日でん行方んわからん、岡野の碩おっつぁんからは、早よ決めんと話の都合が出 けそこなうち云うてくるし、清に飲みよんなさるごたっとこば何辺でん探がさするばってん一 向判らんもん。 そりからすつたもんだで、とうとう出資しとる親類中から三菱にことわりの電報打たれてしも たったい。仕事中にどこさん行ったじゃりわからんごたるこつでお父っちゃまの信用はなお落 てゝしもてくさい。 三菱から下って見えよる技師さんな、箱根の駅で本社からの呼び戻しの電報受けとって引返し てじゃったげなたい。東京ん伯父っつぁんの話しゃ其後出けそこのうし、お父っちゃまはかん かん腹立てなさるばってん、どうして、自分がそげな仕事しかけといて、どこさん行ったか行 方もわからんごつ飲み廻りよんなさるもんじゃけん、仕方なかったたい。三菱に世話した人達 も、ぶうぶう云わっしゃるばってん、後の祭りたい。親類中も出資金な戻らんで損になったたい。 そりからもいっときゃ銅も高かったばってん、第一次大戦の終ったけん、いきなりがた落ちし て、どんこんならじゃったたい。鉱区ば売らんかち云う話も出たばってん、いざち云う段にな ると、お父っちゃまは決断力のなかったけん、もちっと、もちっとで、話しゃいつでんお流れ になって仕舞よった。 早よ手放しゃ、何彼に入ったお金は取りもどせたつばってん。のちにゃ百五十万坪の鉱区の税 金に追いかけられて、とうとう税金も払えんごつなって、昭和に入ってからじゃっつろか、鉱 区の権利も失うなしてしもて、何にんならんごつなって仕舞うたたい。 |