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    ひなまつり
   
  いつ頃からじゃろかの、内裏さんばこの辺が飾り初めたつは、いまでん公卿さんの片っ方 残っとろがの土焼で。あげんとどんがこの辺で、飾りょったつじゃなかじゃろかの。この辺 な、初びいなにゃ初手からち云うが、あたしどんが覚えとる頃にゃ、嫁さんの親里から、内 裏さんば遣りよるごたった。親類てん、付合いてんからは、子供の着物てん、おきあげ雛て んばやるけん、ひな段作って飾り立てて、親戚付合ば呼ぶたい。

紅白餅てん草餅てんで菱餅てん、ダンゴてんば作って、お雛さんに供えたり、お客に出した りしよったたい。桃の節句ち云うばってん、旧暦でなかと、まあだ桃の花は間に合わんもん。

  お節句にゃ鳥賊と、わけぎの酢味噌どんするばってん、初手は田螺ば取って来て、田螺食 ぶるとが習慣じゃったたい。この辺な樋掛けんにきの深田に、ほんに田螺の居りよったけん、 長か竿の先に貝がらの杓子どんひっつけて、田の畔からこう掬うて取って来よったたい。そ りば中身だけ甘辛う煮たり、そのまま塩ゆでしてゲス(柚子) の木のトゲで中身ば突き出して、 食べたりしよった。白魚、めのは(和布)ち云うごたるもんも、お節句の食べもんじゃったた い。

  内裏さんな、いまはみんな子供んごたる顔ばってん、初手の内裏さんな、ほんな人間のこ たる若か大人の顔じやったたい。そりも昔んもん(物)ほど、顔に品位のあって、肌がほんに 美しかもん。いまんととは、まっで(まるで)違うて…。うちにゃあたしどんがひいばばさん のつじゃり、ばばさんのつじゃりのあったが、もう髪も抜けてしもて、丸坊主になっとった たい。

着物もいまんごたる金欄じゃなし、ほんな着物のこたる布地じゃった。其内裏さんの首ば骨 董屋さんどんが、買うて行ったばい。また髪うえて着物どん着すっと美しうなるてろで。

  アヤの生れたときゃまあだ旧歴のお雛さんじゃった。そっで生れ日の、お雛さんの日とあ んまり近寄っとるけん、らいはる(来春)にどんしゅうかち云よったりゃ、どこからでんお節 句んもん(物)のどんどん来たもんじゃけん、お母さんの「お前の、お雛段作っとに、がたが た云う音んしてん悪うなかなら、今年お雛さんしたっちゃよかたい」ち云いなさるけん、「あ たくしゃ、別にどーんなかけん、しまっしゅ」ち云うたけん、お雛さんするこつになって、 そりから段作りの始まったたい。

  表お座敷の床の間と、向い側の奥のお部屋との壁の方の二間ずらっと、天井につかゆるご つ、赤布ば敷いた段ば、何段でん作って、床の間の方の段な、アヤの内裏さんば真中にして、 あたしのつ、おっ母さんのつば飾って、うしろに、常さんの描きなさった牡丹に孔雀と、桃 に山鳥の雛屏風ば立てて、貰うたおきあげば両方の段に、天井んとこまで、いーっぱい飾っ たけん、ほんに美しかったたい。

  ヨシの時やもう二度目じゃったけん、アヤのごつはなかったばってん、まあだアヤのつ、 あたしんとも、そげん損(そ)ぜちゃおらじゃったけん、そげんとも飾ったけん、やっぱ一杯 飾ったたい。

そん時出入の者たちが、千磐の伯母さんのおきあげの上手じゃけんち云うて、伯母さんに 作っていだだいて呉れたつが、常磐御前の親子連れの組人形たい。ありが伯母さんの手形の お形見になったたい。金襴でん何でん本物の金欄じゃったけん、六十年も経ったっちゃ、 ちっとんさびの来ちゃおらんたい。

  お節句のしまゆると、初雛のあったとこにおきあげ買いに商買人が廻って来よった。ちゃ ーんと納しとくとこ(家)もありゃ売り払うとこもあったたい。買い集めたおきあげは、翌年 のお節句前に、古びな市ばしょったげな。善導寺にそげな市の立ちよったげなたい。何せ安 うして、なかにゃ金襴のさびたつもありょった話ばってん、新し物のごたっともあるけん、 買手のあっつろたい。

  まあだあたしが小まか時出入うちのオツルに娘ん出けて、初雛んけん、あたしがそのお祝 いのおきあげば持って行こごたるち云うて、行(い)かせて貰た。オツルん内にゃ、オツルの むこの親方(兄)にも、娘ん出来(け)て一家のうちに二人初雛じゃった。そっでおっ母さんの、 オツルの娘にゃ内裏びなのおきあげ、親方の娘にゃひとり人形のおきあげば、持たせてやん なさったけん、イトしゃんと二人で持って行った。

そんとき、ほかにもう一軒うちの向えも、初雛んとこんあって、そこにもお祝持って行くこ つになっとった。そっであたしゃ人形三人じゃけん、オツルとオツルの親方と、向えと一軒 に一人つつ人形ばやると、ち思うとったらしか、一番口にオツルん方(かた)に行って、 親方の娘の分ばやって、その次にオツルの娘の分の内裏さんば片方やった。

オツルが妙なこつたいち云う顔したばってん、イトしゃんも妙なこつち思たげなたい。そし てあたしゃそんなり向えのばばやいん方に行って片方の内裏さんばやったりゃ、金襴てん何てん、 ピカピカ美しかけんじゃろ、ばばやいがそうに喜ろこうだもん。

そっであたしゃ、よか気持ちになって、家に帰って、向えんばばやいの大喜びしよらる(し ている)ち、威張って話したりゃ「そりゃ、間違うとるもん、向えにゃ別のつば遣るこつに しとるけん、その片っぱの内裏さんな、ばばやいから取戻して、オツルん方さん持って行か じゃこて」ち云うこつじゃん、ばってん、何じゃりまた行くとのおかしうなって、とうとう 行かじやったけん、誰かが向えのばばやい方に改めて、二人雛ば一組持って行って、 内裏さんば返して貰うて、オツルん方さん持って行ったげな。

向えのばばやいは、一入じやった人形が、二人の組物に代えて貰うたけん、なお喜こうだげ な。オツルは、「そうじゃろの、内裏さんじゃけん、二人雛じゃうち思うたばってん、一人 しかやんなさらんけん、妙なこっち思よった」ち云うて、大笑いになったげな。あたしゃ得 意で、したこつじゃったばってんか。


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