SNK >> デジタルアーカイブ >> 初手物語
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その頃の友達 | ||
国分ん庄屋どん跡の国分さんなその頃、中学校に行きござった。のちお医者さんになって 朝鮮さん行かっしゃったち云うこつじゃったが、その頃はその中学生さんが、大人のごつ年 寄りに思われよった。 その人と朝一緒になるこつんあると「早よ来んの」ち云いござったけん後からどんついて行 きよったたい。 そして一丁田んにき行くと中村の平しゃんも中学生で国分さんといっしょに なって行きよんなさった。あの人達と一緒に行くと、中学生で足の早やかもんじゃけん、あ たしの足まで早よなって早よ学校に着きよったたい。平しゃんな、中村弘先生の弟さんでこ の人も後お医者さんに成んなさったたい。 高等小学校ではすぐ上の級に南の庄屋どん跡の神代米しゃんが一人来よってじゃったけん、 米しゃんとは途中で待合せて一緒に行ったりしょったが、米しゃんな、自分が何か朝の出が けに家でごきげんにさわるこつのあったりすると、そりば、あたし持って来てプンプンあた りちらしござったばってん、知らん顔して居りょったけん、けんかにゃなりょらじゃった。 米しゃんの同級生が六軒屋のにきから、二、三人来ござった。竹田津尚お医者さんの姉さん が上の組で米しゃんたちと同じじゃった。植木さんち云よった。 米しゃんな先生、になって 山辺ん方に嫁入ってあったが、何時かアヤが小学校の三年かのころ、米しゃんの国分校に参 観に来てアヤがあたしの子供ち知って、アヤに手紙ば持たせてやらっしやったたい。 昔のこ つば思出してじゃろ「おなつかしき真藤様」ち書いてあったたい。 |