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    高等小学校の運動会と遠足
   
  御井高等の時、二年生のときじゃっつろか、出け立ての練兵場ば借って運動会しゅうち云 うこつになって運動会のあったたい。

  練兵場ちゃもとの歩兵四十八聯隊の東の方たい。いまの自衛隊の特科四聯隊ち云うとこ東 の方、三分の一ばっかりと、聾唖学校あたりまでよりまあだ東の方さん広かったたい。

  あたしが其の話ばうちにしたりゃ、そんならうちからお茶どんわかそかち云うて、男一人 と女二人とやって、石で広場に、くど作って大釜かけてお茶わかして、ハチヤマちゅうお菓 子ば生徒みんなに出したけん先生も生徒もほんに喜こうだ。

  女生徒は、蝶々取りち云う遊戯どんした。馬糞紙で蝶々の形ば切りぬいて、色ば塗って背 中につけて、蝶になる者と、そりば追かけてつかまゆる者とに別れて、よけい取った方が勝 ちたい。そん位しか遊び方知らじゃったたい。

  遠足は、ほんに何年生の時じゃっつろか。肥前の旭山に行くこつに成ったが、その頃まで は、生徒の中に汽車に乗ったこつどころか、まぁだ見たこつも無か者さえ居ったたい。高良 内、藤山、そりに北野辺の苔の中にゃ。
汽車の久留米通るごつなってもう何年かたっとった ばってん。そっで、みんなば鳥栖迄汽車に乗せて、烏栖から歩いて旭山に登って帰りは、肥 前の杉土居通って帰って来るこつにして、連れて行きなさった。

  汽車に乗ったりゃ、みんな、電信柱がうしろさんすざる、家がいごく、田ん中でん人間で ん馬でんうしろさん飛うで行くち、もう大騒動じゃん。いっしょに乗り会わせたお客さん達 ちゃ大迷惑なこつじゃっつろたい。
久留米から烏栖まで十分余りじやっつろばってん。帰り は千栗(ちりく)から豆津までの杉土居の長うして、きっかったこつが。


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