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    お漬物
   
  お漬物な、うちゃ百本漬(沢奄漬)とかつをかぶのお漬物ばっかりで、青かお漬物ないっち ょん漬けよんなさらじゃった。第一、青漬は疫痢ん毒てん、昔ゃ云うて子供にだん、どうか したとこへんな食べさせよらじゃったもん。そりに、そげなお漬物にゃかけ醤油がごーほん いるけん、大人数のとこは古漬んごたっとがよかち云うて、古漬ばっかり作りょったごたる ふうじゃん、こりゃうちばっかりじゃなし大人数んとこは、よーそげなふうじゃった。
お醤油(しょうい)かくっときも、ちょうどよかしこかくりゃよかばってん、ドクドクまきち らすごつかきよったげなたい。お皿にざぶざぶ残るごつ。そっで青お漬物な食べんとじゃっ たろたい。

  「おしようい」ちやくさい、町方じゃ買うとこが多かりよっつろばってん、在の方じゃ作(さ く、農業)しよっとこは、みんな、おしようい、おむし(味噌)ゃうちで造りょったたい。何せ、 麦てん大豆てん、初手は今ん者ンの考ゆっとより、まーだ大切に思とったけんの、その大切 なもんで作ったお醤油は、一番絞りゃ、かねては使はず、お客てん何かの時使うとに取って 置いてありょった。

かねては、二番絞り、三番絞り、ち云うて、一番絞りのかすに、次次に塩てん水てん入れて、 またそりば絞って、最後まで絞りょったけん、二番絞りまじゃ、もろ味の味もあってよかっ たばってん、三番絞りになっと塩かろばっかりあって、風味もあんまり無かごつなってしま よったたい。
とにかくあたしゃ青お漬物ば食びゅうごたるもん。

  毎朝国道で小森野ん方から、ほーんに緑色ん美しぅしてりっぱな唐菜ば車に載せて、上津荒 木ん方さん持って行くおやぢさんに会よったけん、なお食びゅうごたったじゃろたい。
そっで、うちに青お漬物漬けなさらんのち云うたりゃ、案外サラッと「そんならお前が、そ の唐菜ば持って来て貰うごつ云うたなら漬きぅたい」ち云いなさったけん、すぐ翌日唐菜売 りに「買うけん持って来て呉れんの」ち云うたりや、「国分さん引込まにゃんけん一車買い なさるなら持って来る」ち云うけん、「大方買いなさろ」ち云うたりゃ、唐菜売りがその足 でうちさん行ったげな。高等小学校の小まか子供ん云うこつば信用してよう行ったたい。

その頃までは世間も純朴じやったけんじゃろ。そりからやっぱ一車買いなさったげな、翌朝 会うたりゃ、「ほんにありがとございました。お陰でいっぺんに仕舞えました」ち挨拶どん するもん。そっでようよううちで青菜のお漬物食べられたったい。

  梅干や毎年漬け込みよった。日清役か日露役頃、梅干ばどりしこめんめんの家に漬込んど るかち、調べのあって書き出したこつの有ったが、うちや、かめ何本てうち書き出しよんな さったが、軍用食のよういの為ち云うごたる話じやった。

  梅干でん、らんきょでん何年も前んとから、大っかかめに何本でん取って納してありょっ た。古るかつは梅干の汁か寒天か何かんごつ、キョロキョロ固まって仕舞うもん。らんきょ も塩ん切れて、らんきょん臭味ものうなって、黒茶色になったっの、大っかかめに幾つかあ りょったばってん、日清役ののち、どう云うもんじゃり、足の生えて、かつがつ何処さんか 行ってのうなって仕舞うた。一時は、うちばかりじゃなしに、雇人の多かとこはどこでんそ げなふうじゃったげな。いっときしたりゃそげなこつも次第に納ったばってんの。


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