SNK >> デジタルアーカイブ >> 初手物語
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猫 | ||
猫たちは大体織屋の方に置きよった。 ねずみが糸ば切ったりするけん、ねずみの番たい。 猫のごはんな織屋でやって織屋に居つかしぅちしよったたい。そりばってん母屋の方さん、 よう来よったもん。 こっちの御飯時てんに猫がこっちさん来っと、「シーッ」ちお祖父っつぁんの叱んなさるけ ん、猫どんも心得て、こっちのお椽に入る前の、織屋の方からの廊下の終りのとこにちゃー んと座って、こっちのご飯の済んで、お膳の下がっとば待っとりょった。お膳の下がるとさ っとお茶の間さん入って来よった。そすとお祖父っつぁんの膝の上に布ばこーう拡げなさる もん。拡げ終んなさっとば、ちゃんと見よるもん。拡がって仕舞うと、膝の上さん上ってい きよった。猫どんもお祖父っつぁんにはえすがってヒロヒロしとったたい。 千磐の伯母さん方に猫ん生れてどんこんならんち悔みなさるけん、そんなら頂こうち云う て、貰いに上げたりゃ、一匹じゃ寂しかろち云うて二匹やんなさったたい。もとからおった 猫は死んだあとじゃっつろ、死んだっはチョーち云う名じやった。もろて来た兄妹猫の女猫 は、黒で、鼻、口のあたりと腹が白じやった。 男猫も白と黒じやった。女がタマで男は何ち名付きぅかち云よったりゃ、お父っつぁんの三 吉がよかたいち云いなさったもんじゃけん、三吉ち付けたたい。男猫は火事ん前に死んだばっ てん、タマは後迄生きっとった。火事のあってあたしどんがこっちの家さん来たっちゃ、こっ ちさん来ず、下ん段の倉におったけん、そっで御飯な倉さん持って行ってやりよったたい。 あげんとどんな家に住むちぅけんでじゃろ。 二匹も猫のおるとに男猫がまたは入り込うで来た。人に馴れとるけん飼猫じゃろがどこん 猫じゃろかち云よったりゃ、上ん段の藪の向うの家んとじゃったげな。どこかに鼠取りに雇 われて、帰って来よっとに、うちさんは入って来たつげな。大っか男猫で、うちの猫どんな、 まあだ子供上りで小まかけん、相手が小まかけんち思とったじゃろ、うちん猫達が、チョツ キリ掛けてん知らーん顔で辛抱(しんぶ)しとるもん。 飼主が何辺でん迎いに来て連れて帰ってん、もう自分方に着いつろかち思う頃にゃ、また ちゃーんと、うちさん来とるもん。あんまり何辺でん来るけん、そげん来うごたんなら上げ じゃこて、養なわじゃこてで、とうとううちの猫になったたい。 名は初め男達てん女達が、前からのうちの猫に比べて、オッツァン位あるけん、オッツァン、 ち云よったたい。ばってんオッツァンじゃおかしかけん、班のあるけん、ブチョが良かろち うて、ブチョブチョち云よったりゃ、何時かの夜、お客さんの見えて、表お座敷でお父っつ あんと話しよんなさるとに、ブチョがチャーンとお客さんの前に座っとるもん、澄して…。 わるさはしよらんばってん、呼ばじゃこてち云うて、おっ母さんの「ブチョブチョブチヨ」 ち呼びなさったけん、こっちさん来たたい。そりからお客さんの帰んなさったあと、お父っ つぁんの「ほーんに消防の部長が来とったつに、ブチョブチョち云うけん、気の毒うしてな らじゃった」ち云いなさるもん、大笑いしたたい。 ブチョは何時かだん、お父っつぁんの布団の裾に休うで、ちゃーんとおしっこどんしとった こつのあった。タマが始めて春ん来た時、ブチョと三吉が表の栗の木の上で、大喧嘩してそ りからが、三が坐ったとこにはブチョが坐らず、ブチョが坐ったとこには三が坐らんごつなった。 のち、また黄なか虎猫の雄ば置いとったばってん、お腹具合がどうしてか悪うして、ずー っと下痢するけん、どんこんならんもん。お薬のませてん利かんもん。とうとう仕様ん無か ち云よったりゃ、銅山から熊ちゃんが来たとき、捨てて来てあぎゅちうて、街の方さん持っ て行ったりゃどこか街で袋から飛び出して逃げたち云うて帰って来た。 街じゃけん、どげんかして生きちゃおろち思うとったりゃ、一ヶ月して帰って来た。ニャー ち云うて裏口から入って来た。ポンポン汽車に乗せて行ったつに矢っぱ、こり達ゃ方角が分 かるじゃろ、ほんに流浪苦労して帰って来たっじゃろけん、置いとかじゃこて可愛想にち置 いとったばってん、相変らず下痢して、どけんしてん治らんで家中うんこだらけにしよった。 また熊ちゃんが来て、捨てて来るち云うて、古塚さん帰るとき田主丸から高取越えして行く けんち云うて、耳納山の裾んにきの村に置いて行ったち云よったが、今度は帰って来じゃった。 どんこん仕様んなかったもん。そりも玉ち云よった。 のち津福の寺崎からヨシが貰うて来た三毛猫もタマち云よった。ほーんによう鼠ば取るも ん。東隣に夜、よう行って米俵に来る鼠ばようとるげなもん。そっで隣は壁と米俵の間ば猫 が鼠ば取りよかごつ、すかしとるちうこつじやった。ばってん時々取った鼠ばうちさん持う て来て、さっさと、玉取って、飽くとほったらかしたりするとにゃ困りよった。 そりから、トカゲばよう持って来て、自慢するとじゃろ人の前さんウングウングち云うて持っ て来るもん。尾の切れてチロチロするとが面白かごたるふうでー。そすと人間どんが、「ア ラソーラ」で、ほうきもって掃き出したりするとが自分と一緒に遊うでもらよるごたる気の するらしうして、飛うだりはねたりよけいさわぎよったたい。 いつか大っか、くちなわ、持って来たこつもあったたい。子猫がおったけん、たまとらせて 遊ばせたじゃろ、自分達ちゃ、くちなわんそばで、グウグウ寝入っとるもん。びっくりして くちなわば追うたりゃもう死んどった。 ご飯な人よりも先にやっとくと、どげん目の前にお魚並べたっちゃ決して飯台に顔出すこ つぁなかった。そばに坐って自分のからだどんねぶりよった。 そりばってん時にゃほーんにわるさしよったたい。何時かだん、二階の梯子段の下に白か もんの散らかっとるもん、何じゃろかち見たりゃ、白かちゃぼじゃん、首筋に咬みあとんつ いとっただけで喰べちゃおらじゃった。どこんとじゃろかち近所じゅう死んだ、ちゃぼ、持 って尋ねてさるいたたい。 何軒でん聞いたあと、利丸さん方ん表に白か羽根ん散らかっとるけん、尋ねたりゃ向うは気 のついちゃなかったけん、ちゃぼの巣ば見らっしゃったりゃ、一羽足らんげな。うちんとじゃ ろうち云うこつで弁償しぅち云うてばってん、よかよかち云うこつで死んだちゃぼば返して、 頭下げてことわり云うて来たたい。 その後も西隣ん盥に入れてあった大っか鮒ば取ったげな。鮒は隣の家ん東側ん野菜畑ん中に 放ったらかしてあったげな。首のつけ根にきずの入っとるばかりじゃったげな。猫は知らーん 顔しとったばってん、タマがしたちゅこつになって、西村ん馬場さん方の池に鮒んおりよっ たけん、あすこから買うて来て戻したたい。何せ、何でん玉取る癖んあったけん動くとが面 白かったじゃろたい。 気のイリイリしたふうで、猫んごつあんまりおとなしゅはなかったもん。いつか具合の悪る かごだるふうで、休うどったりゃ見えんごっなった。死ぬ時や姿見せんちゅうけんどこか人 に見つからんとこさん行ったじゃろかち、そうに探したばってんおらじやった。 諦めとったりゃ、一週間ばかりして東隣に行って話しよったりゃ、小屋に古畳立てかけてあ るとの向側から、ニヤーち云うて、ヨローヨロ出て来たたい。あたしが声んしたけん出て来 たじゃろち云うたこつじゃった。断食療法ばしよったじゃろ。出て来たっちゃまーだじーっ と寝込うで何にん食べじゃった。 そりから知り合の調馬師さんの、馬の薬ば上ぐるけん少し呑ませて見なさいち云うて、白か 薬ばやってじゃったけん、呑ませたりゃすぐ快うなった。終戦前に老衰で死んだけん、お墓 山にいけに行ったたい。もう牙でん何でん磨り減ってしもとった。 利巧なこつぁ、ほんに利巧じゃったが、時々そげな悪さばしよったたい。ふだんな、近所に 行ってん食物に口突込むこつあなかったちぁ云うこつじゃった。 |