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    金魚と"くうづ"と鵞鳥
   
  お祖父っつぁんな、金魚だんよう可愛がりよんなさったけん、金魚もよう知っとった。織 屋さん行く廊下の開き戸のとこに、金魚の餌のは入っとる入れ物のあるけん、お祖父っつあ んのそりば出しなさる時の開き戸の音んすると、みんなそっちの方さん泳いで行くもん、そ してお茶の間と奥の部屋の境んにきから餌ばやよんなさったけん、お祖父っつぁんの足音に つんのうて、ずっと曲って泳いでついて行きよった。

  中庭に泉水のあったつに、何匹でん、くうづ、がおりよったたい。何べんか大きうなった っば高良山の御手洗池に上げたりしよった。中庭に板で堰切りして、くうづが外さん出らん ごつしてあったが、大きうなってその堰切りば上って、ポトンち外側さん出て、流し先の溝 づたいにずうっと来て薬師さんの前の方さん逃げ出しとると、近所の人達が、「おうちんくう つじゃろ、おりましたばい」ち何辺でん、持って来て貰よった。火事の前はなおそげんして 逃ぐるもん、何時かだん中庭から七畳さん上って南の口からポロッと落ちて逃げ出しよった。

  火事のときは、ひとーつんおらんごつ逃げてしもたあとじゃった。あげんとは、身の危険ば 知るち云うが、そげなこつじゃったかも知れんたい。その泉水がどこからか漏るごつなっと ったけん、火事の頃は大っか蘭鉢ば持って来て、金魚はその鉢の中に移しとったけん、火事 で火気やら、煙やらで死んだじゃろち、後で見たりゃ、ねーごつんなし一匹も死んぢやおら じゃった。

  内には格子の間に牢屋んごつ太か格子窓んあったたい。そこの下に、水漕ば作ってあって、 水鳥の鵞鳥ば置いてあった。鵞鳥ば置いとくと、中風の出らんち初手は云よったたい。真白 で太うして、大っか声でガーガ鳴き立てよった。意地の悪かこつが、人ん来ると誰でん彼で ん首ばこー長うして、ガーち云うて突っかるっと青じむけん、みんなえすがって逃げよった。

  そりが表の高皇宮の境内さんどん行って遊びよっと、子供どんから追いかけられて、どんど ん走ってうちの門さん逃げ込んで来ると、いままで逃げて来たつに、いきなり取って返して、 子供どんにガーち云うて突っかかりよった。一歩でん門の外に出るとまた子供から叩かれた り、石投げられたりで逃げ込んで来るもん、ここ迄がうちち云うこつば、あれ達もちゃーん と知っとるちゃおかしかもんたい。自分にご飯やる女達にさえ喰い下がるけん、女だん、ご 飯ば逃げ腰でいれもんに入れてやって、つうっと逃げ出して来よったたい。

  そげん意地ん悪るかつが、お祖父っつぁんとばばさんにゃ、スースースち云うて首ばこう ねしくりつくるごっして、甘えてくさい、おかしさち云うたなら……。そりでん、家の中の 一番の大将はお祖父っつぁんち知っとるちがのう、ばかにゃされんたい。お祖父っつぁんの 可愛がりょんなさったけん、そげん甘えよったっじゃろがのー。此のガーの鳴き声は、どこ まっでん聞えよった。

世間が静かじゃったけんじゃろが、花畑あたりから、ガーち云う声の遠からしよるち思よっと、 だんだん、うちの方さん近づくにつれて、はっきり大きうなって来るけん、やっぱ、うちの ガーの声たいち云よった。今じゃ考えられんこつばってん、肥前の千栗(ちりく)八幡さんの、 祭ばやしの、うち辺までもよう聞こえよったもんの。

ガーの声が花畑から聞こえよったつも当り前んこつじゃっつろ。昔のうちのこつば知っとる 者に逢うと、みんな一番にガーから追いかけられたてん、ガーがおったもんてんち云よった。
餘計におったっじゃなか、二羽か三羽かどんじやった。人がうちの囲の内には入って来ると、 ガーガー鳴きよったけん泥捧の番にもなるち云よった。


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