SNK >> デジタルアーカイブ >> 初手物語


    着 物
   
  その頃の着物な、木綿の着物が普通じゃったたい。縞てん絣てんじゃった。かねては筒っ ぽ袖どんが多かった。よそに行くときゃ、袖の着物どん大人も子供も着よったばってん、帯 も何か有り合せのもんで、くけ帯てんすごきてん色々じゃった。縞もありゃ、友禅もあるち 云うふうで、そのうちでまちまちじゃったたい。

  うちへんな織屋じゃったけん、一反の尺に合わせてちゃんと畳みつくっと、一尺ぐらい余 分に尺が余りよった。ときにゃ二尺近う余っともあったりしよった。そげん余ったつは切り 除くるもんじゃけん、そげん切り除けたつばつぎ合せて、チャンチャンコてん子供のもんて ん、うちのばばさんな手の利いとんなさったけんよう縫うて作りよんなさった。

そすと、村ん者たちが、そりば売ってくれち云うて来たりしよったけん、ときにゃ売ったり、 やったりしよんなさった。そげんとば、子供達だん、不断着に着よったこだる。男子は繩帯 どんして悪るさしよったたい。畑仕事に行く大人も繩帯どん、ようしよったこたる。

大人でん、子供でん襟やほかの黒布でどんしたりしとりよった。肩のよう糸の抜けたりする けん、そげんとは、ほかの布で切り替えて肩入れどんしよったたい。仕事着だん、あっち、 こっち、切り替えたり、そそくっ(つくらっ)たりして、元の布はどこじゃったかちよいとわ からんぐらいにつつましう物ば使よったたい。

  肩入れもわざと可愛かごつ作るこつもありょったたい。絣てん縞てんの地に肩入れは赤か 布どんしよった。赤ぎれもよかつは、紬板締めちありょった。紬で白赤の染形打ちじやっつ ろ。そげんとどん肩人れに作ると娘ん子だん、ほんに可愛ゆう見えよった。お祭じゃの"よど "じゃのに作って、仕立おろし着て得意になって両手ば拡げて誰りか褒めて呉れんじゃかちゆ う格好で道ばさるいて行きよったたい。

  総たいに、子供物な柄でん縞でん大きうしてあったたい。絣でん縞でん四十位にもなると 男も女も、小まか縞てん絣てんじやった。子供は縫い上げに、白か"ほうぞ花"入れとくと狐 に化かされんち云うて、畑にどん咲(さ)いとっと喜こうで、摘んで縫い上げに入れとりよっ た。ほかに真綿てん何てんも入れよった。芙蓉の毛綿のついとる実も入れよったこたる。転 うで怪我せんてん何てん云うて。

あたしゃ上郡に行くとき、ほうそう畑の中ば車で行くもんじゃけん、白ほうその見ゆると車 降りってとって行きよった。女の子にゃ白ほうぞ花は大切なもんじゃった。上郡な白ほうぞ の多かりょったけんの。

  絹糸の交ぜ織の糸入り縞てんな、よそ行きの方じゃった。夏は麻で、かたびらてんがあっ たが、そげんとは大方よそ行にしよったこたる。絹てん、友禅染めんこたるともあったばっ てん、減多にゃ着やおらじゃった。

  あたしどんもかねては"あがり緒縞"どん着たりしよった。よそに行くときゃ絹物どん着よ ったばってん、夏になっと麻の着物どん着よったたい。あたしが子供んとき着よった麻の着 物な、ああた達まで着せよったたい。

  紺色に白てん黒てんで模様のは入っとったたい。小まか景色てん花てん鳥ちゅうごたる図 柄じゃった。寒かときゃ真綿の胴着があったたい。アヤが小まか時、ばばしゃまの真綿の胴 着ば摘切って、着物の縫上げに入れたりしてわるさしたこつどんがあったもん。紙子ち云う て、強か紙で作った胴着てん何てんもありょった。そげんとにゃ模様の型打ちしたりしてあ った。風ばおろ通すけんで温(ぬ)っかったばい。"ねんねこ"てんも初手は無かったたい。

親の捻袖"ねつそで"の袖から袖さん紐どん通して前で合せて紐で結んで"ねんねこ"んごつし てしよったたい。ケットば二っに折って、そこに紐通して"ねんねこ"にしたりもしよった。

  初手は、着物でん何でん手織ばっかりじゃった。自分方に蚕飼うたり、綿の木植えたりし て、糸まで自分で紡ぎよったったい。のちにゃ糸も買うて来たりしよったばってん、高良山 ぐんち、にゃ着物の“さらおろし"ばしよった。男も女もよか気持で着て、参りよったたい。

  もとは、忙がしかごつして、案外のんびりしとったつじゃろの。御井町辺の者達や、たいが い商売屋で"おくんち"は忙がしかっつろとけ、高良山に参って来るもん達の着物どん見て、 あれこれち、批評どんしよったもん。近郷近在の目ぼしか家の者達が参って来るとば"どこそ こ連れ"ち云うて、面白がって見よった。目星かごたる家ん者な一人ぢゃ参らんし、六、七人、 多かとこは十何人ち連(つ)んのうて参るもんじゃけん、うちの連れも男女六、七人、時にゃ 十人以上も連んのうて行きよったけん"真藤さん連れ"ち云うて見よったげな。

  着物ち云うたっちゃ、いまから考ゆると、しかとんなか、せいぜい糸入り縞ぐらいのもん ばってん、あの着物なよかてん、あの模様がどうの、ち云うて、みんなで見よったたい。そ げなふうじゃけん、もう夏になる前から高良山ぐんちの来るけん、ち云うて、縞手本どん、 あっちこっち見せたり、見せて貰うたりで縞模様ば選ろうで、いよいよ縞模様のきまると、 経糸が幾つ、緯糸がどうち決めて、それにいるだけの糸ば手持ちで足らんなら買うて来て、 出来るもんなうちで染め、出けんもんな染めに出しよった。

染むるちゆうてん、今んごつ染粉のなかもんじゃけん、桃皮染ちゆうて、山桃ん皮で赤茶色、 茅ぞめちゆうて茅の煎じ汁で美しかオリーブ色、茄子(なすび)の木でねずみ色てん、自然の 物で色々染めよったたい。紺色は紺屋に持って行って染めよった。染むるときゃたいがい灰 のあくば入れよった。

  糸の出来ると糊つけたり、はえたり、たてたりして、機(はた)で織り上ぐるとたい。女は そっぢゃけん、ほんに忙がしかったったい。家中の者のつば一ぺんに織るわけじゃなかばっ てん、誰がつ、彼がつ、ち云うて毎年作るし、嫁入り布団でん何でんうちで作りよったけん、 絵絣の布団の出けたげなち云うて、評ばんする位じゃつたけん、初手は絵絣どこが良か布団 じゃったたい、手織じゃけん強かもん。ぢいさんのつ、ばばさんのつ、ち何代でんうけつい で着よったたい。今んごつどんどん流行はなかもんじゃけん、大事にして破れたなら継ぎ当 てたり、切り替えたりして着よったたい。

  上り緒、織り初め、てん何てんに糸ん残るとそりぱ丁寧につなぎ合せて、またそりで一反 織るちうごたるふうで、うちへんな織屋しよったもんじゃけん、そげな糸どんがほんに出来 るけん、そげんとでどん織ったつば上り緒縞ち云うて着よったたい。絣ばくくった糸も短か ってん、かなり長かってん色々出来よったもん。弥蔵さんのおやじさんがそこの清水小学校 の小使しよったが、そこのばばさんが、そげなくくり糸解いたつばずーっとつなぎ合せて、 レース糸んごっして、そっで孫の帯てん何てんば編みょったたい。

ほんに良う出来よった。いまんごつ編捧てん何てん売りゃおらんもんじゃけん、山てん野原 ん土手から小まか笹竹ば取って来て、その両端ば焼いて、編棒にしよった。ちょいと焼くと 糸の引っかからんもんの、あたしゃ茅の染色がほんに好いとったけん自分で縞手本見て工面 して、その茅染めん色ば地にして、それに黄の縞ば通して白で井桁ばちった大き目にかけて、 織るとは誰かが織ってやったばってん、羽織と着物とば作って御井高等に着て行きょった。

初めて着て行ったりゃみんな友達どんが「ワーイよさ、どげんして織ったつの、縞手本ばく れんの」ち云うけん、残り布ば何人にでん縞手本にわけてやっとったりゃ、いっときしたりゃ、 みんなそりば真似して織って着て来たけん、同じ着物ん着たつが何人でん出けて、同じ着物 じゃんち云うてみんなよか気持になったもんたい。そりばってん織るち云うたっちゃ自分な 学校に行きよるもんじゃけん、おっ母さんか姉さん達が織ってやっつろたい。
うちの織屋に来て織ってくれち頼うだ人も何人かあったばい。

  そげなふうで誰か、面白かつてん、こと変ったつば着て来ると、すぐそりば真似したり、 そりから色々工面したりして、小まか十才あまりの子供どんが工夫しよったたい。井上お伝 さんの出来たつも、世間の娘たちにそげな気風のあったけん、そりば土台にして出来たつた い。お伝さんがみんなよりどっだけか、頭がようして、器用かったち云うわけたい。みんな よりよけい織りきる、上手に織りきる、ち云うこつが初手の女には、なによりの嫁入道具じ ゃったったい。

  八女郡の方じゃ屋根裏のすゝ竹の掛け繩の解けたあとの色の変り方から織りくびりば発見 さっしゃった人もあったたい。うちへんも織屋しよった時や織くびりは八女に頼みに行きよ った。同じ模様ばごーほん織るけん、ほんにそげんすっと簡単に出けて助かりょった。十の 字てん井桁てんの簡単なつが、そげん織くびりで出けよったったい。絵絣は大体横糸だけで 模様ば出すたい。中にゃ経糸もかくるともあるが…。

  川原にくさい、おたみちおったもんの。若か時や、きりょうの良かったけん美しかったげ な。国分ん村の良か女の東の大関てうち云よったげな。西の大関ちもおったげなたい。その おたみが娘ん頃、絵絣ば着とったげな。

  その絵絣の模様が、"梅は咲いたが桜はまだかいな、柳やなよなよ風まかせ、山吹や浮気で 色ばかり、トチチリシャン"ち云う何かの歌の文句じゃったげな。面白かち云うて評判しとっ たげなたい。そげん聞くと何じゃり、おきゃん娘のこたるばってん、おとなしか娘で、うち にも若か時から年寄りになってまで出入しよった。

  あたしも、ぬき糸んくくり方なうて、川んあって岸にすみれの咲いとる模様ば、自分で下 絵描いてくびって織り上げまでしたたい。まあまあ出来たばってん、何にしうかち云うて、 何にしようもなかけん、布団にどんしとった。

  ちよっと良かつは木綿てん、ガス糸んなかに絹ば入れて、糸入縞てん、「しじら」てんちう 織方もありよった。ばってん不断着にゃせんでよそ行き着じゃった。「あすこにゃ糸入り縞ん 出けたげな、へーん」ち云うごたるこつじゃったたい。そりばってん、糸入りは絹の方から そぜて抜けて行くもん、絹ばっかりの織物より早よ弱りよった。


前のお話へ  戻る      次へ  次のお話へ