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    岡野とあたし
   
  岡野はご一新になって、藩の頃の知行地の上郡にあって、田畑のどりしこかあったけん、
  健之丞(半兵衛長男)さんがそっち引き込みなさったげな。明治九年頃じゃったげな。お扶 持もなかごつなったもんじゃけん、経済のためでもあったげな。

  筑後川に近うして、家の前と後に川ん流れとったけん、水車てん何んてんも、しよんなさ った、男雇うて…。ばってん町の方から、もとの家中のお方達の泊りがけでおいるげなもん、 そして前の川てん、なんてんで、がめ射りばして、がめば射って来ちゃお酒飲み、また射っ て来ちゃお酒飲みで、何日でん逗留しなさるけん、かえって京ノ隈におんなさったときより、 経費の入りよったごたるふうじゃん、もとの家中内のお方達ゃようお酒ばっかり飲みよんな さったごたる。

  岡野の行徳の家(田主丸町)のあたりゃ、ほんに広々として、ゆったーっと流れよる川て ん、チョロチョロ流れよる川てんの、家の近辺に幾筋でんあって、ほーんによかった。

  ウケ(筌)ば夜さりつけて、朝早よ引上ぐっと、引き上げきらんごつお魚の入って来とり よったげな。お盆ごろがまたほーんに獲れよったげなけん、片方にゃお盆のお仏さんごつし よっとに、プンプン生臭さか匂いさせて、串のお魚ば焼かにゃならじゃったげな。

  近所の大っか方の川に、井手のあって、サブタ落とすごつなってそのサブタの上に横木の 渡っとりよった。従姉のおふみしゃんなその横木の上ば、チョコチョコ渡りよんなさったばっ てん、あたしゃ渡りきらじゃった。いつかおふみしゃんの渡りよんなさったりゃ、井手の深 か方さんドボーンち落て込みなさったが、すぐ横の石垣のとこのがん杭にしがみついてしま いなさったけん、おばやいが引き上げた。

「おふみしゃまじゃけん、がん杭に掴まんなさったばってん、ミチヨしゃまなら溺くれて仕 舞いなさっつろ」ち云われた。おふみしゃんなあたしより二つ年上で、妹のおひでしゃんが、 私と同じ年じゃったばってん、おひでしゃんなあたしよりよっぽど小さうしておとなしかっ たけん、おふみしゃんとが、よう遊びよった。

もういっちょの、こまか川がお玄関先さん流れて、お玄関先の石橋の下ばくぐってお台所の 先さん流れて行っとった。お台所んとこから.一段降「お」じっと、岡野の水車の廻りょった。 そこのにきにゃ大っか楠どんが生えて、下の方から枝のこう出とりょった。
  あの屋敷は終戦後てろその前てろに家も取り壊してあったげな。


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