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    酒呑み客
   
  お祖父っつあんなお酒上んなさらんばってん、うちにゃもとからほーんに、お酒呑みのお客の 多かったげな。
  「ここに来て飲むと、酒徳利抱えて買いにゃ行かんけん、心置きのうどりしこでん飲まるる」 ち云うて、みんなお入るげなもん。
  もとお酒の専売になる前は、自分方の自家用にならどりしこでん造るこつん出来よったけん、 うちも自家用に相当造りょんなさったげな。水の硬水じゃけん、軟水のごつはなかっつろばって ん、かなり良う出けよったげなたい。

  たいがいお祖父っつぁんの若か時からの侍仲問が多かった。昔のお待ちゃ、ようお酒ばっかり 上りよったらしゅうして、おっ母さんの、うちお入ったころ、明治十四、五年頃たい、誰かが 酔うてしもて、酔狂まわして大騒ぎしなさったこつんあったげな、そんときお母さんの、えすう なって二階さん上って行って、二階の上り口んおろし戸ばおろして、つめてしまいなさったげな。

まーだ、十七、八じゃったけんえすかったったい。いつ迄でん笑い話になりょった。瀬尾さんち 云うお方も元のご家中じゃったが、ほーんに長尻で、あたしがかすかに覚えとる頃までおいりよった。

このお方んあんまリ長尻しなさっときゃ「ほんにお嬢さんのお内でお父っつあんのお帰りば待っ とんなさいまっしゅ、ち云え」ちお祖父っつあんのおっ母さんに教えとんなさったげなけん、何 時かほーんに酔うて長尻しなさるげなけん、おっ母さんの、そげん申しゃげなさったげなりゃ、 「ほんに待っとろ!」ち云うて、おろたえて、お帰(け)えって仕舞たげな。子歎きち云うとじゃっつろたい。

  村内ん呑め助さんどんもよー来よったたい。自分達ん何か寄合いのあって、呑うだ後、ようう ちさん投げ足の来よった。勇七さん達ん、肩肌どん脱いで、八枝ん方から畑ん中ん道ば、連んの うて、ゆらり、ゆらりと来ござるとん見ゆるけん、「そーら又おいでに成りよる」ち女達の笑う て見よっと、裏木戸口から、「旦那ん様ッ、ぐあいぐあい!」ち云うて大声張り上げてはいって 来ござった。

ぐあいぐわいちゃ何じゃろか、具合はいかがち云うとこじゃろかてん云よったが。そすと、お祖 父っつぁんのお燗つけさせよんなさったけん、お台所てん格子の間てんで又一にぎやかしのありょったたい。


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