SNK >> デジタルアーカイブ >> 初手物語


    真藤じゃくろ
   
  日吉町ゃもと十間屋敷ち云うて侍屋敷じゃったが、そこの子供のいつか迷子になったげな。 遠かとこさん一人で行って仕舞うとったげな。警察か何かで、「うちゃどこの」ち聞くと、 「ご門のあっとこ」「お父っつぁんの名は」ち云うと「モシ」、「おっ母さな」ち云うと 「コラ」ち、云うばっかりで、どこん子供かなかなか判らず困ったげな。そっで子供んとき から住所と名前とはしっかり教えとかにゃいかんち云うこつで、住所てん、お祖父っつぁん 達、お父っつぁん達の名は小まか時から教えられて、よう知っとったたい。

  いつか翠香園で親類の懇親会のあったとき、行ったりや、お行儀のよかの、何のち皆でお だてあげた揚句、お父っつぁんの名は、おっ母さんの名は、住いは、ち聞かれてはっきり返 事するけん、よう覚えとんなさるち褒められたまではよかったばってん、お祖父っつぁんの 名はち聞かれて、「真藤じゃくろ」、ち云うたけんみんな大笑いになったたい。

うちのお露地(庭)に、ふうるかじゃくろの木のあっとば見ながら、どう云うもんかお祖父っ つぁんの名たいち思うてかねて見よったつば、いまでんよう憶えとるもん。そっでお祖父っ つぁんの名ち聞かれたとき、思はずじゃくろち云うてしもたったい。重三郎のザブローがジャ クロんごつ思われたつじゃろたい。ほんに大笑いで何時まっでん笑い話しになりょった。


前のお話へ  戻る      次へ  次のお話へ