SNK >> デジタルアーカイブ >> 初手物語
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明治の大水 | ||
明治の大水の時ゃ、あたしゃまあだ五ツじゃった。大水見ち云うて、おばやい、背負われて 五穀神社のあたり迄行ったりゃ、 一面に白ーろ五穀神社の下迄、いーっぱい水の出とったつ ば憶えとる。 その大水の出る前、雨のドンドン降りょる頃じゃった。倉富の鉄之助さんの、東櫛原のこっ ちの持家じゃったとこでおかくれた。あたしゃ、みんな泣きょんなさるけん、自分も泣かにゃ いかーんごたる気になって来たりゃ一人でにわーんわん泣けて来たもん。 そしてどんどん泣きょったりゃ、誰か、よかよかああたまで泣かんでんよか、ち云うてきかせ なさったけん泣きようだこつばおぼえとったい。 大水の出るかんしれんけん、ち云うこつで ばしじゃっつろか、うちの出入のおぢやい達の、夜道ばみの笠着けて、お棺かついで上古賀さ ん行ったたい。 ご葬式ゃ上古賀でじゃったけん、うちゃみんな上古賀さんお行っとって、あたしだけがご葬式 の日おばやい連れられて、車で行った。下の道や水の入っとるけんち、山辺道ば行ったが、雑 木林の中ば通るとき、そこも道のいーっばい水につかっとるもん。 危なかけんち、与平の一人で渡って見て、どうやら通らるゝち云うて、水の中ば車で渡って行っ たたい。上古賀のお寺の前の深か溝は濁り水のえすかごつ、渦巻いてごうごう流りょった。水 のこつはそげんよう憶えとるばってん、お寺のご葬式んこつは、なーにん憶えとらんたい。 伯母さんな子供なしじゃったけんよっぽど子供の欲しかったじゃろ、あたしもよう可愛がりょ んなさったが、鉄之助さんとあっちこっち車でおいりょった時、大っか子供の人形どんよう膝 の上に抱いておいりょったけん、いつかだん、車曳きがほんな赤チャンかち思うたこつのあっ たてろち、笑よんなさった。 倉富の本家のおくにばばさんと、鉄之助さんと、伯母さんの人形だいて、写真に撮ったりし とんなさったい。のち、ああ云うようなこつで音信もなかごつなったばってん、長わづらいの 旦那んさん見立てゝ、ちゃんとご養子もしなさった後じゃったけん、誰か気利かせて取り計っ たなら、ねーごつんなかこつじゃっつろにち今だん思うばってん、其頃迄は、なかなか世のし きたりのむつかしかったけんの……。 のち、あすこでお仏さんも祀つっとんなさるち、お話しじゃったけん、お墓の在り場所も聞 いとったばってん、参ったこつもなかったが………。 |