SNK >> デジタルアーカイブ >> 初手物語
|
||
恒の誕生、一夫と父の死 | ||
七月には恒が生れた。男のまた生れたけん、お父っつぁんも喜こうどんなさった。 抱かるるごっなったけん、一夫も兄さんぶって抱きょったたい。自分の足ばこう伸ばしてその 上に恒ばのせて、可愛ゆうしてたまらんごたるふうで、こーうして見よるもん。そりばってん、 何せ恒がほーんに重か赤ん坊じゃったけん、すぐー足の痛なるごたるふうで、もぅ何もかんも なしごそごそ放り落してしまうけん笑よったこつじゃったたい。 ところが八月に入って一夫が痙攣(ひき)の引いたけん、浣腸したりゃ、おこわ小豆どんが出 て来たもん。うちじゃ食べさせちゃ居らじゃったけん、どこかで、貰うて食べばししとったじゃ ろたい。子守に連れられて、坂本さんの涼みどこで夕方まで眠っとったげな。おなかん冷えた つも悪かったじゃろ、疫痢じゃった。ちょーいと死んでしもたたい。 ほんに可愛ゆうなって来とったけん、お父っつぁんも、がっかりしなさったごたるふうじゃっ た。そして恒に、お前が生れたけん一夫が死んだてんち云うて当りょんなさったばってん、恒 ももう笑うごつなって来よった時で、やっば可愛ゆうなって来なさったごたるふうじゃったばっ てん、一夫が死んで四十一日目にお父っつぁんもまたおかくれたたい。 うちゃ大っか樹の多かったけん、家の中に居って、汗ん出るごたるこっはいちーんなかったも ん。家も広し、日の目も遠かし、それ夏にゃ襖取リ払うて、伊豫簾戸に立て換えよったけん、 見た目にも餘計涼しかごたったたい。 いまの聖マリアの井手院長さんのお父っつぁんに市病院でお父っつぁん診て頂きょったけん、 往診に来たりしょんなさったが、いっか夏来なさって、あんまり家ん中の涼しかけん、ほんに こげん涼しか家んあんなさるもんじゃけん、病院にゃ居ろごつあんなさらじゃった筈たいち言 いなさったこつのあったたい。そりばってん矢っ張夏はこたえなさったじゃろ、それに一夫が 死んだリ、お葬式じゃで、がっくリ来なさったっじゃろたい。 しまえなさるちょいと前に、胸のにきの寒かけん布団ばもちっと上の方さん引き上げて呉れち 云いなさったけん、上の方さん掛けて上げたりゃ、いっときして、ホッち云いなさったごたっ たけん、顔見たりゃすーっと顔色ん変んなさってそりぎりじゃった。どうする間もなかった。 おっ母さんな汚なか物捨てに、便所にちょいと立ちなさったほんなちょいとの間じゃったけん、 問に合いなさらじゃったたい。心臓麻痺じゃったげなたい。九月ニ十一日じゃった。長ごうちぅ か一年ばっかリ休うどんなさったばってん、村長の二期目で、まあだ現職じゃったけん、あん まり長いたみなるけん、七月に辞職願いば出しとんなさったたい。 |