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    月給持ちにげ事件
   
  何時か、お父っちゃまん昼間どこかに行っとんなさる留守中に、立派な被布どん着て、ほんに 拵えた女が、何とかさんち見えちゃ居らんじゃろかち尋ねて来らっしゃったたい。一向聞かん 名じゃったけん、うちん者も知らん人じゃけん、一体誰じゃっつろかで、ばばしゃま、千磐の 伯母さん、おもと、女たち連中評議まちまちじゃったたい。奥さんじゃか、玄人じゃか、二号 さんじゃが、娘じゃなかろで…。

そけ、お父っちゃまん帰って来なさったけん、ばばしゃまの「あーら泰さんな、惜しーいこつ したの、もちっと早よ帰ってくりゃ、よか女がああたば尋ねて来たばい」ち冗談云いなさったけ ん、お父っちゃまは、「アーン」ち云うて、けげんな顔しよんなさったけん、皆でどんどん笑 うてひやかしよったたい。そけ、今度、刑事さん達の入ってござった。

ねーごつじゃかち思よったりゃ、商業高校の先生が、ほかの先生達の給料ば金部持ってどこさ んか行って分からんけん、かくれとりそうなとこば片っ端から尋ねてさるきござったつげな。 お父っちゃまは、商業の先生達とのつき合いもあったし、うちも広かけん、来てだん居らんじゃ ろかち云うとこで、さっからん女はその人の奥さんじゃったげな。

その人使うて探り入れたつげなたい。そりばってん居るどころか家中で主人どん冷やかして、 どうどう笑よっとん、表にかくれて聞きょったつにまで分ったけん、居らんこつのはっきりし たち云うこつじゃったたい。新聞記者の新庄さん達もついて来とったげなたい。あの事件など げんどんなっつろかの、ありゃ明治のうちじゃったじゃり、大正になってからじゃったじゃり。


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